石原慎太郎の思い出
都知事再選しましたね。
口を開けばいろいろと歯に衣着せぬ物言いで反感を買ったり、身内びいきなど問題も多いジジイですが、まぁ他の候補があれではこの人に入れとくのが無難じゃないかと考えて投票してきた。
ところで、石原慎太郎の話で「現代史の文水嶺」(文芸春愁)とゆうのがある。
他誌でもいくつか同じ話を語っているのだけれど、彼の少年時代の体験談で少年だった石原慎太郎が空襲警報を受けて、下校の途中に米軍の艦載機に襲われる話だ。
終戦間近。ほとんど抗戦する戦力がなくなっていた日本の国土と空を米軍は我が物顔で跋扈していた。米軍戦闘機などが気まぐれに日本の学校やどう見てもただの田舎の村落を機銃で掃射しているフィルムは現在もけっこう残っている。
↑ベトナム戦争もこうゆう映像がいっぱいありましたね。
そして少年だった彼も米軍機に襲われた。
敵機のエンジン音と機銃掃射の爆音を聞きながら、恐怖に駆られて走って畑の中を逃げ回る。
一度はなんとかやり過ごすのだが、直後にまた新たな敵機が現れる。今度は畝の低い芋畑で、逃げ遅れてやられたと畑の中で突っ伏して身をこわばらせながら死を覚悟すると、何故か撃たれない。
振り仰いで見ると、現れたのは日本の戦闘機で、その褐色の機体に描かれた日の丸が痺れるように鮮やかに見えたと・・・。たった今自分を襲った敵機を追って飛び去る思いがけぬ味方に、ふるいつきたいような激しい思いを抱いたそうである。
多分こんな感じだったのではないかと思う。
四式戦-疾風とマスタング-P51。
これを見るとちょっと悔しさがこみ上げてくるのだけど・・・。
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